M先生の質問
(前文略)
質問① 胸・腰椎の話が出ていますが、頚椎のTAM操作はどんなものでしょうか。また、胸鎖関節・肩鎖関節などのTAM操作も詳しく教えていただけると嬉しいです。
質問② ギックリ腰で寝起きがつらいような患者の場合、座位でも仙腸関節などのTAM操作はできますか?
また、人工関節の場合はどうされてますか?
質問③ 池浦先生は鍼灸治療もされておられますが、TAMを鍼灸の理論の中で使うこともありますか?例えば、肩の前面が痛いとして、肺経の痛みだから母指にTAM操作をするとか、さらに飛躍して、肺経の陰陽交差を利用して胃経絡上の関節にTAM操作をするとか・・・。どうでしょうか?
質問④ 仙腸関節のTAM操作で、「骨盤を患者にとっての前屈、後屈となるように回転させ、仙腸関節に軸回旋を起こさせる」時ですが、これはもちろん、仙腸関節の可動範囲(つまり数ミリ単位)での、ほんのわずかな「前屈・後屈」という意味ですよね?患者の骨盤を、ガクンガクンと動かす訳ではないですよね?
本当は細かい操作について、いろいろお聞きしたいこともあるんですが、そのへんはとにかく、臨床で回数をこなしてから改めておたずねいたします。
八起堂の返事
質問①
そうでした、頚椎の話を書いてませんね。実は頚椎には「誰でもできるTAM」の技法があって、いずれ書かねばと思っていたところでした。
首の具体的な技法としては、患者仰臥位、術者は患者頭位置に。
左右の手で患者の首(手根でも、四指でも可、やりやすいように)を挟み、片方の手を患者足方向へ、もう一方を患者頭方向へと引っ張ります。つまり首左右の組織を互い違いに引っ張るわけですね。これで首の皮膚、筋肉にテンションをかけます。また、頚椎も片方が上、片方が下へ向かう力を受けることで、少し斜めになるのではないかと考えています。
その状態で手首を使い、患者の頭を左右に転がします(患者が痛くない速さ、範囲で)。この方法は首の筋肉、頚椎、皮下組織などにまとめて働きかける方法で、首のコリ、痛みがかなり減少します。本格的な治療の前フリとしても使えます。
頚椎で特に不調の場所がわかる場合は、こんな技法があります。
・目標頚椎を下から押し上げつつ、頭を左右に転がす。
・ 目標頚椎を横から圧迫しつつ、患者の頭を持ち上げ、軽く前屈、後屈させる。
・ 頚椎付近で動きの悪い組織を狙い、皮下組織にテンションを与えて動かす方法。
もちろん、それでも残る不調には、厳密な方向と精度での狙いが必要になりますが…。
胸鎖関節ですが、患者側臥位か仰臥位で、鎖骨の胸鎖関節に近い部分の下に指を入れ、患者頭方向へ引き上げます。胸鎖関節を引き離すわけですね。そのまま肩甲骨を動かすことで胸鎖関節を運動させます。
しかし、これよりも有効なのが、鎖骨下の皮膚・皮下組織を引っ張りながらの運動です。鎖骨下の組織、それもかなり鳥口突起に近い部分の皮膚・皮下組織を肩関節の方向へ引っ張ります。その状態で肩甲骨を動かし、鎖骨を運動させることで、胸部の負荷が解消されます。なお、鳥口突起周辺組織をひっぱりながらの運動は、肩関節の運動不調を解消する場合にも有効です。
肩甲骨の運動は、胸鎖関節を中心とした円弧、というよりは球面運動になりますね。ところが、患者さんでこの運動が自分でできる人は決して多くはないのです。肩を動かしてください、というと、大抵は肩の上下運動だけで終わってしまいます。体幹部に沿った動き(肩甲骨の動きで言うと、内外へ動かす動き)がうまくできない人はわりといますし、ぐるっと動かせる人はもっと少ないです。なので、術者が動かしてやるほうが、たいていは大きな動きになります。大きな動きの方が、効果は出しやすいですね。
具体的には、普通の動きで上下左右。できれば、患者さんの腕を挙上した状態で(肩甲骨が外に回った状態になる)、上下左右。この二つからはじめてください。もし、手応えで不調部がわかるようになったら、角度を変化させたり、押し引きを加えるなどして、小さい動きでも良くなります。
この話に限らず、肩甲骨を十分に動かせている患者さんは少ないです。肩こりの患者さんの肩甲骨を十分に動かしておくと、それだけでかなりコリが解消します。とくに、外転(腕を挙上したとき、肩甲骨が大きく外に回りますよね)の状態で十分に動かすと、効果大です。というか、多くの肩こり患者さんでは、バリバリ音がします。癒着が剥がれているのでしょうねえ。「肩ってこんなに動くんですねえ」と言われることが多いです。
肩鎖関節ですが、これは鎖骨と肩甲骨の間にテンションをかけます。具体的には、側臥位患者の後ろに立ち、片手の拇指を肩甲棘、四指を鎖骨にかけます。ここで四指を軽く握るなどの形でテンションをかけ、肩甲骨の運動を行います。
この場合も、周辺の皮下組織への皮膚滑り法は有効です。
質問② ギックリ腰で寝たり起きたりがつらい患者の場合、座位で仙腸関節などにTAM操作できますか? また、人工関節に関しては、どうされてますか?
さすがに、座位のままでは仙腸関節の操作はちょっと…。
以前に全身の過剰緊張で横になれなかった方を診た事があります。横になるとあちこちの痛み、頭痛、めまいが一度に襲ってくるので、1週間くらい、椅子に座ったまま眠っていたという方でした。
この方の場合には、一番楽な座った姿勢のまま、両手、両足から施術を始めました。全身の筋肉、関節には相関関係がありますので、一部だけでも治療が進めば、それだけ全体も改善します。この方の場合には、最初は座った形での治療、二度目には横になれるようになったので、初めて普通の形で治療ができました。今にして考えれば、鍼を使っても良かったと思いますね。
ぎっくり腰の場合も、鍼を使ってから、寝て治療するのはいかがでしょうか。
人工関節についてですが、タイプにもよりますが、関節包、靭帯はほぼ原型のまま存在していると考えています。ただし関節包、靭帯ともに手術で傷がついており、その瘢痕組織が残っている分、柔軟性には欠けるはずです。
瘢痕組織の分、普通の関節とは可動域の形が違ってきますが、技術的にはそれほど差はないと考えます。
実際の臨床ですが…。
これは私の考えすぎかもしれませんが、人工関節と骨の接続部は信頼してよいのでしょうかねえ。差込み型の股関節など、抜けたらどうしようかという怖さがあって、私は人工関節の患者さんの足を、強く牽引することができません。関節包や靭帯が、人工関節をまたいで骨に接続していれば、引っ張ろうがどうしようが問題ないのですが、患者さんで自分の人工関節の構造を理解している人はあまりいません。いちいちレントゲン写真を持ってきてもらうわけにもいきませんし…。
というわけで、主に周辺組織の皮膚滑り法、ねじりと押し、曲げを使った技法を使用していることが多いです。牽引が必要なときは、おそるおそるやっています。
恥ずかしながらの回答ですが…。
質問③ 池浦先生は鍼灸治療もされておられますが、TAMを鍼灸の理論の中で使うこともありますか?例えば、肩の前面が痛いとして、肺経の痛みだから母指にTAM操作をするとか、さらに飛躍して、肺経の陰陽交差を利用して胃経絡上の関節にTAM操作をするとか・・・。どうでしょうか?
治療において東洋医学的な思考をすることはほとんどありません。
ただし、経絡と似た意味で、身体を縦に走る「関連性のライン」ははっきり感じますので、これは使います。
この「関連性のライン」は、一部の症状が別の部分にまで波及する関連性のことです。手で触れて、筋肉の緊張としてたどることも出来ますし、ねじりと曲げをあわせた動きをしていると、関節可動域制限の関連として感じることも出来ます。
例として挙げていただいた、肩と手の親指の関連は本当にあり、親指や手首が原因となって、肩に不調を起こしたと思われるケースは何度も見ました。
この「縦の関連」については「誰にもわかる操体法の医学」(橋本敬三 農文協出版)に概論が書いてあり、私は大いに影響を受けました。
なお、鍼を使うときは「トリガーポイント鍼療法」を基準にしてはいますが、トリガーポイントの思想にはこの「縦のライン」がありません。ということで、私の鍼はトリガーポイントと「縦のライン」の複合治療です。
質問④ 仙腸関節のTAM操作で、「骨盤を患者にとっての前屈、後屈となるように回転させ、仙腸関節に軸回旋を起こさせる」時ですが、これはもちろん、仙腸関節の可動範囲(つまり数ミリ単位)での、ほんのわずかな「前屈・後屈」という意味ですよね?
患者の骨盤を、ガクンガクンと動かす訳ではないですよね?
これについては、実際に見たらおそらくびっくりされるくらい動きが大きいです(笑)。患者さんの膝を持って操作するときには、さらに大きな動きです。
というのは、この「TAMによる仙腸関節の調整」は、やや専門的ではあるものの「誰でもTAM」の一種ですから、それほど精密な動作ではないのです。
仙腸関節は深いところにあり、運動の中心なので、腸骨棘の位置で数センチの動きも、仙腸関節では数ミリの動きに縮小されます。また骨盤を多少大きく動かしても、大きすぎる動きは骨盤の移動(主として腰椎の曲がり)によって吸収されるので、仙腸関節そのものにはさほど負担がかからないのです。痛みのない範囲でゆっくり行い、曲がらないものを無理に曲げることがなければ、まず問題ありません。以前に書いた、三種類の組織の感覚を頭においてもらえればよいかと思います。
もちろん、本当にミリ単位の操作を行うこともありますが、安全性のためというよりは、正確な位置に力を作用させるためですね。